« 現地訪問出発!! | トップページ | バングラ報告2012 その2 ジャパニ小 »

2012年9月17日 (月)

バングラ・レポート2012 No.1 大木さんのこと

今年の現地訪問から9月4日に帰国してから、早くも2週間が過ぎました。
14名の現地訪問団が体調をほとんど壊すことなく、元気で帰ってきました。
(もどってから疲れが出た人たちもいましたが)

報告が遅くなりましたが、ぼちぼち書いていきます。
たくさんあるのですが、少しずつ、週1,2回のペースで。

今年は最初に、大木松子さんのこと。

大木松子さんは、バングラデシュと手をつなぐ会の創立者であり、初代代表です。

927

1992年現地訪問のときの写真です。朝日新聞に大きく取り上げられました。
その頃は、このようなぬかるみがあちこち。
はだしでないと歩けないところもたくさんありました。

さて、大木さんの業績を少し振り返ってみますね。


19887年に、バングラデシュに小学校を作る会を設立、募金活動で小学校ができると現地にも出かけて、交流を深める活動を開始しました。
1989年 「バングラデシュと手をつなぐ会」へ発展。初代代表となりました。
なぜバングラでの活動を始めたのか、この間の経緯は、こちらをご覧ください。

以後毎年現地に出かけて、村人や子どもたちと交流を続けてきました。
私も92年から一緒に参加していました。

2001年が最後だったと思いますが、加齢と病気のために彼女は現地訪問に参加できなくなりました。
家族の介護、その後老人ホームで過ごし、最後は息子夫婦の家で、静に息を引き取りました。
今年6月23日 84歳でした。

毎年現地に出かけていた大木さん。
「おきさん、おきさん」と村人や子どもたちに慕われていました。

今年訪問すると、ションダニのメンバー、村人、子どもたちがみんな最初に口にするのは、大木さんへのお悔やみの言葉でした。彼らの言葉から・・・

「今年は村人がたくさん集まってくれた。大木さんが亡くなったことを聞いたから。大木さんへの愛情の現われだ。大木さんは1987年に初めて村にきた。2001年が最後の訪問となった。同じ時期に村の発展に寄与した(ションダニの初代会長の)イディリスさんも亡くなった。保護者がいなくなった私たちだが、彼らが残した足跡をたどって、活動を続ける責務がある。」(事務局長ザフォル氏)

「今日は村人がたくさん、暑い中を来てくれてありがたい。・・・20数年前はバモンディ(近くの町)でバスを下りて、水牛の車や馬車や歩いて村まで来た。その後はバイクだった。・・・大木さんが『この村が自分の第2のふるさと』といった言葉を心に刻んでいる。これからもずっと、記憶にとどめておきたい。」(ションダニ副代表ハシェム氏)

「1989年ジャパニ小学校が完成した。そのときのカラムディ中学校でのミーティングで大木さんが『これからもこの村と付き合いたい』と言った。その後(ションダニの)活動がひろがって、あちこちでションダニの話を聞くと、感動する。大木さんは、カラムディ村は第2のふるさとだ、と言ってくれた。」(ションダニ病院の土地を提供してくれた村の長老。アブドゥル・ルシド氏)

「大木さんは家族の一員でした。一緒に食事をしたり、泊まってくれたり、子どもたちと遊んでくれました。主人(イディリス氏)と大木さん、二人はいない。でも二人の活動を受け継いだ人たちがここにいる。活動を発展させてくれることを期待します。」(ションダニの初代会長イディリス氏(故人)の奥さん)

「自分はションダニの誕生のときから関わり、政府NGO局の認可を得るときの仕事を担ってきた。日本に行ったこともある。大木さんが来たときもお世話をした。大木さんからいろんなことを学んだ。お茶を出されたときに口をすすぐが、その水をどこに捨てるか、配慮があった。後で日本に来て、道端に唾をはかない、ごみを捨てないことを知り、つながっていることを知った。この村が第2のふるさと、という彼女の言葉を、いつも覚えている。」(ションダニ前代表カシェム氏)

「1987年ラフマン氏から手紙をもらい、受け入れの準備をした。初めて村に来た大木さんの態度、行動がすばらしかった。『村の発展は、あなた方にかかっていますよ』という言葉」(ジャパニ小前校長アブ・ボカック氏)

「12年前から松子さんはアルツハイマー病になった。最後の現地訪問の年、帰国後検査に言ったらアルツハイマー病の診断だった。それまで1人暮らしだった。その後娘と同居したが、もともと活動的な松子さんは、しばしば遠くまで歩いていった。(福岡から)長崎まで行ったり、高速道を歩いたり・・・。6年間娘家族と同居後、息子夫婦の家に移ったが、その後能古の島の老人ホームで過ごした。最後は寝たきりとなり、食事が入らなくなり、最期と思って自宅に連れて帰り、自宅で看取った。家族や会の仲間たちとお別れができた。」(松子さんの長男の嫁、大木ひろみさん。今回の現地訪問に遺灰を持って参加)

|

« 現地訪問出発!! | トップページ | バングラ報告2012 その2 ジャパニ小 »

コメント

涙。感動。私にはできないこと。あー言葉が出ない。なに書き込んでいるんだろう。すいません。

投稿: 猪口 寛 | 2012年9月17日 (月) 22:38

猪口さん、ありがとうございます。
村人たちの思いに、私も心を動かされました。
彼女の純粋な思いが人々を動かしたのだな、と。

投稿: にのもんた | 2012年9月20日 (木) 10:19

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69958/55683204

この記事へのトラックバック一覧です: バングラ・レポート2012 No.1 大木さんのこと:

« 現地訪問出発!! | トップページ | バングラ報告2012 その2 ジャパニ小 »