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2010年12月 6日 (月)

中学校で「いのちの授業」

先月、佐賀県の中学校で、「いのちの授業」を行った。
学校で話すことは時々あるが、今回は学校の養護教諭からの依頼だった。
中学生や高校生、小学生への、いのちの授業、死への準備教育の重要性は、子ども共育HAKATAの活動を通して認識しているつもりだが、実際にはむずかしい。

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まず、学校なので、時間は午前中か午後の速い時間。
診療を抜けていくしかないので、現在の状態では非常に難しい。
今回ややむなくその時間を、非常勤の医師に頼んで出かけた。

対象は1年生から3年までの全校生徒、約700人。
これもまた、大変なことだ。
中学時代は、体も心も大きく変化、成長する時期。
1年生と3年生とでは、いろいろなことで大きな差がある。
それを一緒にまとめて話をするのは、容易なことではない。

中学生を相手に、75分間、退屈させずに話をするのは、これも大変。
以前にある中学校でやはり全校生徒を対象に話をしたことがある。
昼間の体育館で暗幕もなく、スライドもほとんど見えない。これには苦労した。
それでも、子どもたちの写真が出てくると、中学生は食い入るように見ていたのを思い出した。

さらに難しいのは・・・・

このような話を必要としている子どもたちを、つれてくることだ。
この日も、金髪で短いスカートをはいた女の子や、だぶだぶズボンの男の子たちが、体育館の周りをうろうろしていた。
気になってしかたがないのだろうが、進んで中に入ることはできない。
結局、その間体育館の周りにいたようだ。

あとで養護の先生たちに聞いたところによると、一人ひとりはとてもいい子が多いが、集団になると・・・という。
中でも、一人だけ抜け駆けすると仲間はずれになるようで、それが怖くて自分だけ入ることができなかったのだろうか?

不思議なことに、学校がいやなら出てこなければいいのに、学校には出てきて、周りをうろうろしている。
声をかけてもらいたい、自分の存在を知ってもらいたい、という気持ちは強いのだろう。

おそらく一生に一度しか出会わないだろう、遠来の私が彼らの人生に何か意味のあることができるわけがないのはわかっている。
しかし逆に、一期一会だからこそ、何かひとつでも伝えることができれば、と思う気持ちもある。

話の中身より、そんなことを考えながら、帰路に着いた。

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