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2009年11月 8日 (日)

ホスピスへの遠い道

名古屋の第33回死の臨床研究会に参加してきました。
この研究会には初めての参加ですが、冒頭の
「ホスピスへの遠い道 その歴史・現在・未来
~マザー・エイケンヘッドと岡村昭彦」
というシンポジウムの、シンポジストでした。

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写真は、米沢慧さん、細野容子さんの発表のスライドです。「ホスピスへの遠い道」「ライフ」の写真、岡村ゼミの写真です。

また、同時に「岡村昭彦の部屋」が作られ、岡村の写真、彼の集めた書籍・資料(現在は静岡県立大学岡村文庫に保存)も多数展示されました。
「岡村昭彦訪問インタビュー」も流され、たくさんの方が見入っていました。

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さて、シンポジウムですが、座長と各シンポジストおよびテーマは以下の通りです。

座長: 佐藤 健(豊橋医療センター緩和ケア部長)
     安藤 詳子(名古屋大学医学部保健学科看護学専攻 教授)

シンポジスト

「人権としてのホスピス―ホスピス運動黎明期の日本と岡村昭彦の使命(ミッション)」
米沢 慧(評論家)

「日本にバイオエシックスを生むためのオーケストラ、指揮者は岡村昭彦―未完の楽譜の前で」
細野 容子(元岐阜大学医学部看護学科 教授)

「現代社会の矛盾で傷ついた人々との関わり: 精神科病棟での岡村昭彦の問いかけ」
栗本 藤基(医療法人藤基会 滋賀里病院院長)

「私の『ホスピスへのと遠い道』―人権運動としてのホスピスへ」
二ノ坂 保喜(にのさかクリニック院長)


今回の企画は、大会長の佐藤さんの肝いりと、米沢さんの働きで実現したものです。
全国に200ヶ所以上の緩和ケア病棟ができ、がん対策基本法でも「早期からの緩和ケア」が推奨され、全国の拠点病院で医師を対象とした「緩和ケア研修」が開かれています。
緩和ケアにとっては、追い風のように見えますが、私をはじめ岡村昭彦を通してホスピス運動に触れたものたちにとっては、「どうも、何か違うのでは?」という懸念がぬぐえません。

医療としての緩和医療、箱物=施設としてのホスピス、在宅への想像力の欠如、がん患者に特化したホスピスケア、特別な非日常の場としてのホスピス・・・・私自身も、在宅ホスピスをすすめながらもどかしい思いをしてきました。

1年ほど前に今回のシンポジストの指名を受け、あらためて岡村の著書や写真集、関連文献をできるだけ読み返し、自分自身が岡村と出会った意味をふり返ってみました。

以下に、抄録を記載します。(実際の発表は、少し違ったものとなりましたが)

ごらんになった皆さんの、ご意見、ご批判をいただけると幸いです。

(以下、抄録)

『ホスピスへの遠い道』との出会い

岡村昭彦との出会いは、書店で偶然に見つけた『ホスピスへの遠い道』(岡村昭彦集5.筑摩書房)だった。この本を通して、ホスピス、バイオエシックス、そして岡村昭彦を知った。80年代後半、岡村が亡くなった後で、筆者が35,6歳、医者になって10年ほどたった頃だった。

バイオエシックスと看護を考える会

92年から、「バイオエシックスと看護を考える会」を始めた。岡村の考え、バイオエシックス、医療に関することを学び合う会だった。毎月1回少人数での学習を重ねた。最初は『ホスピスへの遠い道』、次いで、木村利人の『いのちを考える~バイオエシックスのすすめ』を輪読した。

10年ほど続いた会は、筆者が多忙となり、2002年から休会とした。

この会では、誰かが教え、他のものが学ぶ、という形ではなく、お互いに学び合う、というスタンスを心がけた。お互いの考え方を鍛える、といってもいい。

バイオエシックスを基本として、筆者自身の考え方も深まり、かつ広がった。NGOとして海外協力活動「バングラデシュと手をつなぐ会」に参加した。意識がなくなった時の治療法を事前に指定しておく「治療の事前指定書=レット・ミー・ディサイド」の活動も始めた。

6年あまり中断していた「バイオエシックスと看護を考える会」は、2008年8月から再開した。以前のメンバーも参加しながら、若い新しいメンバーも参加し、新生「考える会」の活動が始まっている。

在宅ホスピスへの一歩

この間、医師としての行動範囲も広がった。外科研修、救急医療の研修の後、僻地での地域医療に場を求めた。そこで、生活の中での医療、という視点を獲得することができた。

福岡の病院に勤務し、病院医療に飽きたらず、「在宅医療部」を作った。周辺の病院などにも呼びかけ、「在宅ケア・ネットワーク研究会」も立ち上げた。当時はまだ在宅医療や訪問看護が一般化していなかった時期で、在宅においてネットワーク=チームワークがいかに必要かを学ぶ機会となった。

僻地での地域医療、福岡での在宅医療の実践は、必然的に在宅でのホスピスケアに向かっていった。大学病院から「放り出された」膵癌の患者を在宅で看取ったのが、最初の経験となった。その後も、試行錯誤を重ねながら、在宅ホスピスへの道を歩み続けてきた。そのプロセスの中で、全国の在宅仲間と知り合い、研鑽を深めることができたが、その仲間たちの中にも、岡村昭彦に触発された人たちがいたのも、心強い。

在宅ホスピスに関わる毎日は、患者・家族の物語と関わる毎日でもあり、私自身の人生の物語を深める働きでもあるようだ。その中で、患者のいのちを最後まで支える、という在宅ホスピスの真髄がほの見えるところまで到達したように感じている。

現代日本のホスピスへの疑問

在宅ホスピスをすすめながら、現在のわが国のホスピス(運動)への疑問を感じている。

 現在の医療体制と共存:ホスピスが現存する医療体制への問題提起になり得ていない。むしろそれを補完するものと成り下がっているのではないか。

 在宅プログラムの不在:大部分のホスピス病棟は、在宅プログラムを持たない。病院の延長としてのホスピス「病棟」でしかない。

 ホスピスとは、運動、理念であり、箱物ではない。

これらの疑問は未だに解消されずに残っている。ホスピス病棟が全国で200を越えるという現在になって、「これでいいのか?日本のホスピス?」と思わざるをえない。当初は、②、③の問題つまり、在宅プログラムを持たないホスピスへの疑念が強かったが、最近では、①の問題が大きいと考えるようになった。つまり、ホスピスの広がりが、現代医療を変革する<力>となりえていないことの問題である。

それはなぜか? シンポジウムで共に考えてみたい。

人権運動としてのホスピス

人権運動としてのホスピス、というテーマの欠如が日本のホスピス運動の致命的な欠点だと思う。

『ホスピスへの遠い道』は、「人権運動としてのホスピス」をテーマとしている。『序 人権運動としてのホスピス』に40ページを割いている。そして最後には絶筆となった『患者不在の人権宣言』が載せられている。わずか2ページだが、現代日本の患者の権利の状況を表している。1985年に書かれたこの文章が、残念ながら25年後の現代にも通用するわが国で、ホスピスへの遠い道を私もまた歩き続けたい。

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コメント

「第33回死の臨床研究会」に於けるシンポジストとしてのdrnino先生の発言要旨「私の『ホスピスへの遠い道』―人権運動としてのホスピスへ」(抄録)を拝見し、岡村昭彦著『ホスピスへの遠い道』を、遅まきながら通読致しました。私は、言わば“門外漢”(寧ろ“非ホスピスト”と称すべき輩)ですから、見当違いの読み方をしているかも知れませんが、私なりの読後感を書いてみます。

① 随分昔、写真家としての岡村昭彦の報道写真展を、千代町の旧大丸デパートで観た記憶があります。従って“岡村昭彦”の名は“LIFE”や“CAPA&CAPA”と共に記憶してはいましたが、その報道写真家・岡村昭彦が本書『ホスピスへの遠い道』の著者・岡村昭彦と同一人であるのには驚きました。
② 著者・岡村昭彦は、単にホスピス問題を追いかけるルポ・ライターではなく、本書第二章の標題にもある「われわれはいま、どんな時代に生きているか」を語る熱心な求道家であり、10年20年後に再会する人間の心情を語る歴史家でもあります。
③ 『ホスピスへの遠い道』には、斯くも“多面的な”、かつ“専門的な”アプローチが必要である事か、と恐れるほど多くのメニューが提示してあります。即ち、エズラ・パウンド、ジョナサン・スウィフト、ミシェル・フーコー、サミュエル・ベケットの業績が、一般的な(少なくとも私の)知見(詩、小説、戯曲)とは全く別の視点で(精神病患者として)紹介されます。
④ 就中、ベケットの『戯曲全集』と『マ-フィ』及び『ドンキ・ホーテ』は「看護婦になる者にとって必読の書である。ドンキ・ホーテは精神病患者の典型であり、サン・チョパンサは理想の看護人である」などとも書いてあります。
⑤ 又、一般教養のゼミでは「朝倉摂(舞台装置からみた虚構としての病院)、観世栄夫(日本の伝統芸術に於ける虚構と現実)、久保栄(演技論講義)をカリキュラムに組み込む」とも書いてあります。ホスピスは、確かに「遠い道」であるには違いないようです。

 冒頭、序論の中で、「人権運動としてのホスピス」が、死に至る病に罹った「精神病患者」の権利として創出された、と言う“歴史的事実”に、聊か戸惑いましたが、考えてみれば、“正常な状態(生)”を論じる手段として“異常な状態(死)”を取り上げるのは、極めて科学的な方法ではあります。(自然災害でも、50年確率、或いは100年確率で発生する「異常」降雨対策を問題に致します)

心理学者であるフロイトやユングの研究も、その発端は「精神異常患者」であったと言います。人間の“異常”な心理状態とは、即ち“死に至る病” であり、即ち“ホスピス”の対象であるとすれば、昨今、世間を騒がせている“異常”な事件の容疑者は、当然“ホスピス”の対象者なのであろうか。そんな事を思いました。

「私は本書の始めの処だけを読んで、読むのを止めてしまった」と述べてある序文(山崎章郎)の文言に擬して言えば:
私にとっては、ホスピスの生まれてきた歴史などは必要なものではなかったが、アイルランドと言う小国の歴史の中から“ホスピス”が生まれて来たという事実を知ったことも然る事ながら、岡村昭彦という人間が『ホスピスへの遠い道』を求め続ける、その求め方が刺激的且つ魅力的だった。本書を読む切っ掛けを下さったdrnino先生には、ただ感謝するばかりである。

投稿: (英山華) | 2009年11月16日 (月) 03:01

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