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2009年6月 5日 (金)

患者の権利を考えた

5月31日(日)患者の権利オンブズマンの10周年記念国際シンポジウムに参加した。
福岡の池永満弁護士が、裁判外の苦情処理システムをめざして設立してから10年。
今では全国各地に広がりつつある。
午前中の少人数での、「終末期における自己決定」のセッション。
午後からの「国際シンポジウム」。アメリカ、イギリス、オランダ、そして日本の患者の権利に関する状況が報告された。
夕方は、参加者による交流会。楽しい会だった。

さて「患者の権利」というと、医師はすぐに身構える。
患者の権利を主張することは、医師の権利を縮小させることだ、といわんばかり。
マスコミや弁護士もまた、同様の感覚で話をする。
医師の裁量権と、患者の権利が衝突するかのようにあおり立てている。

本当にそうだろうか?

患者の権利に関するWMAリスボン宣言

を解読しながら、以前から、疑問に思っていたことをまとめてみたい。

医師の存在は、患者(病気になった人)があって初めて意味を持つ。

医師は、患者の病気を治し、患者が元通りの社会生活に復帰するのを手助けすることを仕事としている。
患者が人間として尊厳を回復することを手助けしているわけだ。
これは、「患者の人権を守る仕事」ではないだろうか。

「患者の権利を守るのが医師の仕事である」といっていい。

患者の権利とは、具体的にはどのような内容を意味するのだろう。
世界医師会の「患者の権利に関するリスボン宣言」を見てみよう。
日本医師会のページを参照してみた。

患者の権利に関するWMAリスボン宣言

1981年9月/10月、ポルトガル、リスボンにおける第34回WMA総会で採択
1995年9月、インドネシア、バリ島における第47回WMA総会で修正
2005年10月、チリ、サンティアゴにおける第171回WMA理事会で編集上修

序 文

医師、患者およびより広い意味での社会との関係は、近年著しく変化してきた。医師は、常に自らの良心に従い、また常に患者の最善の利益のた めに行動すべきであると同時に、それと同等の努力を患者の自律性と正義を保証するために払わねばならない。以下に掲げる宣言は、医師が是認し推進する患者 の主要な権利のいくつかを述べたものである。医師および医療従事者、または医療組織は、この権利を認識し、擁護していくうえで共同の責任を担っている。法 律、政府の措置、あるいは他のいかなる行政や慣例であろうとも、患者の権利を否定する場合には、医師はこの権利を保障ないし回復させる適切な手段を講じる べきである。

ここで医師は、「患者の最善の利益のために行動」し、患者の権利を是認し、推進する責任がある、としている。

患者の権利を否定するものは、「法律、政府の措置、あるいは他の・・・行政や慣例」などであるとしている。

患者の権利の具体的な項目のみを挙げてみる。

1.良質の医療を受ける権利

2.選択の自由の権利

3.自己決定の権利

4.意識のない患者

5.法的無能力の患者

6.患者の意思に反する処置

7.情報に対する権利

8.守秘義務に対する権利

9.健康教育を受ける権利

10.尊厳に対する権利

 

11.宗教的支援に対する権利

第1番目に挙げられている「良質の医療を受ける権利」の中のいくつかの小項目を挙げてみる。

a. すべての人は、差別なしに適切な医療を受ける権利を有する。
b. すべての患者は、いかなる外部干渉も受けずに自由に臨床上および倫理上の判断を行うことを認識している医師から治療を受ける権利を有する。
c. 患者は、常にその最善の利益に即して治療を受けるものとする。患者が受ける治療は、一般的に受け入れられた医学的原則に沿って行われるものとする。
d. 質の保証は、常に医療のひとつの要素でなければならない。特に医師は、医療の質の擁護者たる責任を担うべきである。

これらのどれを見ても、医師の存在を否定したり、権利を阻害するような文言は見あたらない。「差別なしに適切な医療を受ける権利」を阻害するのは、現代日本のような高齢者差別を助長する社会風潮やマスコミ報道だろう。

「自由に臨床上および倫理上の判断を行うことを認識している医師から」治療を受ける権利がある、当然だろう。医師が高い倫理性を求められるのは、あたりまえだろう。

「一般的に受け入れられた医学的原則に沿って」治療を行うことも、これも当然すぎることであり、「医療の質の擁護者」であることで初めて医師は社会的信頼を得ることができ、社会的、経済的地位の保障をえられるのだろう。

医師は、患者と共に、患者の権利を阻害する動きや風習と闘う責任があると思う。
その対象は、時には政府であったり、社会風習であったり、マスコミであったり、中には医療関係者内部の権力にこびる自己保身の勢力であることもある。

患者が人間として、心身ともに健康で過ごせるよう支援し、守っていく、そしてあくまでの「いのちを守る」側につく医師でありたいと思う。

 

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