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2009年4月 9日 (木)

よりあい時間

宅老所よりあいには、ゆったりした時間が流れている。
仙人のような利用者の老人たちも、若いスタッフたちも、その時間の流れを共有しいてるようだ。

ちせこさんが、人生の最期の時を迎えようとしている。

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日曜日の夕暮れ時、様子を見にうかがうと、ちょうどちせこさんのためのギター演奏が行われていた。
ちせこさんは布団に横になって、普段はほとんど開かない目をしっかりと見開いて、ギターを弾く若者を見つめている。その顔に、西日が少し当たってほほを染めている。

娘さんはこの数日、泣き笑いの毎日だ。
老衰の母親の最期をしっかり見送ろうと覚悟を決めてはいるものの、思い出話に涙し、スタッフの励ましを受けては涙している。

ちせこさんの夫も、昨年ここで亡くなった。

認知症と全身の衰弱が進み、よりあいでお世話を受けながら暮らすようになったちせこさんの元に、毎日通ってくるのが日課だったが、ある日脳出血を起こし、病院に運ばれた。

夫は人工呼吸器をつけられ、医師からは気管切開を迫られた。
娘は急な出来事に、「思わず同意してしまった。」

気管切開後、自発呼吸が戻った父親を何とかよりあいに連れ戻したいと思った娘と、よりあいのスタッフから当院に相談があった。
そして家族とよりあいのスタッフの強い思いで、夫はよりあいに戻ってきて、その夜亡くなった。そのときに私が呼ばれて看取りを行った。寒い冬の深夜だった。

それから1年あまり、ちせこさんはときどき発熱し、食欲低下がみられたりしたが、何とか過ごしてきた。五ヶ山のコンサートにも、家族、よりあいスタッフと共に参加した。
音楽には不思議な力があるのだろうか、コンサートの時にはしっかりと目を開けて聞き入っていた。

しかし、次第に衰弱が進み、最後の時が近づいていた。

この日曜日、よりあいではちせこさんを囲んで、スタッフと入居者数人が集まっていた。
死を目前にした人と、いずれしにゆく人たちとが一緒の空間にゆったりとたたずんでいる。
そこには、生と死を峻別するものはなく、自然な流れで死へ赴く仲間を見送る雰囲気があった。

翌日、ちせこさんは静かに息を引き取った。

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コメント

ちせこの孫の孝太郎です。本当にお世話になりました。ありがとうございます。

投稿: こうたろう | 2009年4月10日 (金) 21:46

こうたろうさん、コメントありがとうございます。
おじいさんもおばあさんも、きっとお孫さんにとっても、いいお爺さん、おばあさんだったのでしょうね。
これからも思い出を大切に。

投稿: にのもんた | 2009年4月13日 (月) 08:23

父が導いてくれたご縁で母と私は先生と出会えました。東野さんこんにちはと先生の声をきけると娘はホットしていました。こんなに細くなった母に痛い事はさせたくないと全てを断る私に娘があ~いよるよと私の希望を優しく認めて下さいました。父の時はお医者さんにあんなに怒られたのにと不思議な気持ちでした。まだまだそんな日が続くと思っていました。母の大切な時が来ました母は話しかけてくれるような息ずかいで目を閉じました美しい逝き方と娘は思いました。私の思いと父の願いと母にお付き合い下さって本当に有難うございました

投稿: 井手 市世 | 2009年4月24日 (金) 22:05

井手さん、ありがとうございます。
医者は、患者があって初めて医者の役を務めることができるのです。
患者の権利を守るのが、医者の役目です。
人の命の尊厳を守ることは、命の最終「目標」とも言える尊厳ある「死」を支えることだとも言えます。
お父様、お母様そして、娘さんはじめご主人や子どもさんたち、それによりあいの皆さんとの出会いに感謝しています。

投稿: にのもんた | 2009年4月29日 (水) 19:53

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