在宅ホスピスの物語
在宅ホスピスには、物語がある、といつも思う。
以前患者さんが亡くなった後、カルテを眺めていて愕然としたことがあった。
カルテには、患者さんの容態、痛みの具合、食事や便通の状態、診察所見などていねいに書かれているのだが、そこからは、私たちが毎日通った患者さんのお宅、部屋の雰囲気や家族の様子、毎日の喜びや悲しみ、苦しみなどがまったく伝わってこなかったのだ。
ベッドや布団のそばには、患者の好みの花や人形や、時には酒や帽子が置かれていたのに、それらはカルテを通して見えてこない。
そばにいる家族は、泣いたり笑ったり、悩んだり決断したり、いろんな思いを胸に秘めながら過ごしており、私たちは家族とそういった話もしているなずだが、それらはカルテを通して見ることはできない。
カルテってなんだろう。
患者、病気、身体、それに関連することだけが書かれている。
そのように訓練された来た。
でも、在宅ホスピスを進めるうちに、私たちのやっていることは、患者を人間として世話をし、その人の人生に寄り添って、その人と家族の生活を最期まで支えることに目的があるのではないか、と思うようになった。
そうすると、カルテには、本来必要なそれらの事柄が、すっぽりを抜け落ちていることに気がついた。
それから私は、カルテにできるだけ、「生活のこと、部屋のこと、家庭のこと、家族のこと」そして、「患者や家族の言葉」を記録するように心がけている。
患者、家族の人生の物語に、私自身の人生が関わる場面が、「在宅ホスピス」だ。
そこには、在宅ホスピスの物語が生まれる。
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コメント
はじめまして
主人が歯科医師です。
介護保険の審査員をしています。
担当の時期が来るたび、深いため息をついています。
カルテの意味を、読ませて頂いていただきました。でも現状は介護の相手の背後をみない、みせない、ブラインドの状態で判断する現在の状況なのです。
ある意味、私情を挟まないという、こともあるのでしょう・・・
長く通ってきた患者さんの訪問診療の時は、何度も調整した、義歯もはずされ、洗浄しかできなかったという時もありました。
温かい医療めざさないと、思います。
投稿: zion | 2006年9月26日 (火) 22:38
zionさん、コメントありがとうございます。
介護保険の審査などでは、まさにご指摘のとおりですね。
私も「主治医の意見書」を書きますが、ここに生活の視点を盛り込もうとするのはまず無理でしょう。
ケアプランの作成、ケアの実行の時点で、生活支援の実際が試されると思います。
それにしても、ケアマネージャや主治医によって、大いに左右されますが。
「温かい医療」言い古された言葉ですが、もっとも適切な言葉だと思います。
私も心がけて行きたいと思います。
投稿: にのもんた | 2006年9月30日 (土) 22:03
同感です!
カルテを見たらその人が見えるような記録が書けるようになりたいです。
誰が行っても 同じようにケアが出来る様に。
特に在宅では その家その家独特のしきたりみたいな物があるので そういった細かい所まで 誰もが共有できるようになったらいいなぁって思います。
投稿: otanko | 2006年11月26日 (日) 09:57