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2006年9月25日 (月)

在宅ホスピスの物語

在宅ホスピスには、物語がある、といつも思う。

以前患者さんが亡くなった後、カルテを眺めていて愕然としたことがあった。

カルテには、患者さんの容態、痛みの具合、食事や便通の状態、診察所見などていねいに書かれているのだが、そこからは、私たちが毎日通った患者さんのお宅、部屋の雰囲気や家族の様子、毎日の喜びや悲しみ、苦しみなどがまったく伝わってこなかったのだ。

ベッドや布団のそばには、患者の好みの花や人形や、時には酒や帽子が置かれていたのに、それらはカルテを通して見えてこない。
そばにいる家族は、泣いたり笑ったり、悩んだり決断したり、いろんな思いを胸に秘めながら過ごしており、私たちは家族とそういった話もしているなずだが、それらはカルテを通して見ることはできない。

カルテってなんだろう。

患者、病気、身体、それに関連することだけが書かれている。
そのように訓練された来た。

でも、在宅ホスピスを進めるうちに、私たちのやっていることは、患者を人間として世話をし、その人の人生に寄り添って、その人と家族の生活を最期まで支えることに目的があるのではないか、と思うようになった。
そうすると、カルテには、本来必要なそれらの事柄が、すっぽりを抜け落ちていることに気がついた。

それから私は、カルテにできるだけ、「生活のこと、部屋のこと、家庭のこと、家族のこと」そして、「患者や家族の言葉」を記録するように心がけている。
患者、家族の人生の物語に、私自身の人生が関わる場面が、「在宅ホスピス」だ。

そこには、在宅ホスピスの物語が生まれる。




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2006年9月14日 (木)

心を亡くさないよう

日本は忙しい。
「忙しい」という言葉は、「心を亡くす」と書く、とだれかのブログにあったが、それでもやはり、バングラデシュから戻ると、日本はなんと時間に追われ、忙しいのだろう、と毎年痛感する。

という言い訳で始まった今日は、バングラから戻ってすでに3週間あまりが過ぎた。

バングラデシュの現地訪問報告は、バングラデシュと手をつなぐ会ブログに載せていきますので、そちらをご覧ください。

朝早く、協力訪問看護ステーションから電話。
Dさんが、昨夜嘔吐し熱発している。朝一番で往診してほしい、と。
日ごろ無理な注文を聞いてもらっているので、往診依頼があるときは必ず応えるようにしている。
早速、朝の診療開始前に往診した。
Dさんのお宅は、97歳のDさんを息子さん夫婦が介護している。
注射器で食事や水分を注意深く注入して、栄養を採っている。
時には、果物などを食べることもある。
自宅に戻ってこの一年間、幸いなことに大きなトラブルがなく過ごしてきた。
嘔吐、高熱は初めてのことだ。

さて、どうするか?

再度の入院は、家に戻れなくなる可能性がある。
かといってこのまま家で過ごすことは、命取りになるかもしれない。
在宅では、ときどきこのようなジレンマに悩まされる。
97歳だからといって、ほうっておいていいわけではない。
治せる病気は治すように努めるべきだろう。
本人は、残念ながら寝たきり、意思表示は不可能だ。

まずは、抗生剤の点滴と水分の補給で1~2日様子を見よう。
その後に最終的な方針を決めることにした。

さあ、明日から(いや、今夜から)、うちのスタッフと訪問看護ステーション、それに家族で力を合わせてこの危機を乗り切ることができるか? それとも・・・


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